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なぜ漢字が定着しないのか?「努力」の前に考えたい教育のあり方


目次もくじ

1. 「練習不足」では片付けられない、読み書きのつまずき
2. Dyslexia(ディスレクシア)との出会い

3. 「できないこと」を評価していた日本
4. 「増えた」のではなく、「見えるようになった」
5. 「合理的配慮」という考え方
6. 日本語教育に関わる私たちができること
7. 関連かんれん記事きじ
8. コメント

「練習不足」では片付けられない、読み書きのつまずき

こんにちは。株式会社Enuncia代表のハミルトン葉奈です。

日本語講師として指導をしていると、「何度教えても漢字を覚えない」「読めるはずのひらがなが、なぜか定着しない」といった生徒さんに出会うことはありませんか。

多くの場合、私たちは無意識に「練習が足りないのかな」「復習していないのかもしれない」と考えがちです。しかし、本当にそれだけでしょうか。

今日は、“努力や意欲の問題では説明できないつまずき”について、私自身の海外での経験を交えながらお話ししたいと思います。

Dyslexia(ディスレクシア)との出会い

Dyslexia(ディスレクシア)とは、知的発達や学習意欲に問題がないにもかかわらず、読み書きに著しい困難を抱える特性のことを指します。日本語では「発達性読み書き障害」とも呼ばれます。特に、文字の形を認識したり、音と文字を結びつけたりすることに強い負荷がかかるため、母語話者であっても「読む・書く」という行為そのものが大きなストレスになることがあるのだそうです。

私がこの言葉に初めて出会ったのは、今からちょうど20年前、アイルランドの高校に進学したときのこと。当時すでに、ディスレクシアは教育現場で明確に認識されていました。

例えば、英語の授業。
通常、ネイティブの生徒は「Higher」と呼ばれる上位クラスに振り分けられます。一方で、ディスレクシアの特性を持つ生徒は、たとえネイティブであっても、留学生が在籍する「Ordinary」のクラスに配置されることがありました。

ここで重要なのは、それが能力や努力の問題として扱われていなかったという点です。
あくまで「脳の情報処理の特性」として理解され、その特性に合わせて環境を調整するという考え方が前提にありました。人口規模の小さい国だからこそ可能な側面もあると思いますが、「生徒を変えるのではなく、環境を調整する」という姿勢は、当時すでに教育の土台となっていたように感じます。

「できないこと」を評価していた日本

一方で、20年前の日本ではどうだったでしょうか。

少なくとも私の周囲では、こうした特性を示す言葉自体がほとんど知られていなかったように思います。学校で漢字が極端に覚えられない生徒や、読み書きが苦手な生徒がいても、それは「勉強ができない子」「努力が足りない子」として扱われていた記憶があります。
「できない理由を探る」よりも、「できないこと自体」を評価してしまう。そんな空気が、当たり前のようにありました。

この日本とアイルランドの認識の差は、今振り返っても、教育に対する哲学の大きな違いだったと感じています。

「増えた」のではなく、「見えるようになった」

最近では、日本でも発達障害やADHDなど、私たちが子どもの頃にはほとんど語られなかった特性が、以前より多く取り上げられるようになりました。これは、特性を持つ子どもが急激に増えたというよりも、これまで見過ごされてきたものが、ようやく社会に認識され始めたと考えるほうが自然ではないでしょうか。

文部科学省の調査によると、通常の学級に在籍する小中学生のうち、学習面または行動面で著しい困難を示すとされる児童生徒の割合は8.8%と推定されています。これは、40人学級であれば3〜4人が何らかの支援を必要としている計算になります。ディスレクシアの出現率についても、日本語の特性から欧米より低いと考えられてきましたが、近年の研究では5〜8%程度との報告もあり、決して稀な特性ではないことがわかってきました。

もし、あなたの周りに「ひらがなや漢字がどうしても覚えられない」「何度練習しても、読み書きだけが極端に苦手」という生徒さんがいる場合、その背景には、こうした特性が隠れている可能性も考えられます。

「合理的配慮」という考え方

アイルランドで20年前にすでに行われていた「環境の調整」は、現在の日本では「合理的配慮」という言葉で法的に位置づけられています。これは、障害のある人が、ない人と同じように教育を受けたり社会生活を送ったりできるよう、一人ひとりの特性や状況に合わせて提供される配慮のことです。

配慮の対象具体的な配慮の例
試験・評価・試験時間の延長
・問題文の読み上げ、音声機器の使用
・解答用紙の拡大、PCでの解答許可
授業・学習・板書の代わりにプリントを配布、または写真撮影を許可
・音声で聞けるデジタル教科書(DAISY教科書)の活用
・大量の書き取り課題の免除、代替課題への変更
情報保障・ルビ(ふりがな)付きの資料を用意
・UDフォント(ユニバーサルデザインフォント)の使用

こうした配慮は、一部の生徒を「特別扱い」するものではありません。
メガネをかけることで黒板の文字が見やすくなるのと同じように、その生徒が本来持っている力を発揮するために必要な「調整」なのです。

日本語教育に関わる私たちができること

日本語教育の現場でも、「覚えられない」「できない」という結果だけを見てしまうと、本質を見誤ることがあります。大切なのは、

  • 教え方の問題なのか(指導法は適切か)
  • 学習習慣の問題なのか(練習や復習の機会は十分か)
  • 特性に起因する問題なのか

この3つを冷静に切り分けて考える視点です。

もちろん、私たち日本語講師が医学的な診断を下すことはできません。
しかし、「もしかしたら、努力だけではどうにもならない困難さを抱えているのかもしれない」という可能性を心に留めておくだけで、生徒さんへの接し方は大きく変わるはずです。

例えば、漢字の書き取りが苦手な生徒には、何度も書かせる代わりに、漢字の成り立ちを絵で説明したり、部首の組み合わせで物語を作ったりする方法が有効かもしれません。
読むことに時間がかかる生徒には、短い文章で内容を区切り、音声で繰り返し聞ける教材を提供するのも一つの手です。

日本語教育に携わる立場として、語彙や文法だけでなく、学習者の多様な背景や特性を理解するための知識も、私たちは学び続けていく必要があるのではないでしょうか。

一人ひとりの学習者が、自分らしく、持てる力を最大限に発揮できる環境を整えること。
それこそが、これからの教育者に求められる、大切な役割だと私は考えています。

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