日本語教育を「社会インフラ」として再考する:現場の課題と未来への提言

目次
1. はじめに:日本語教育の現場が抱える構造的課題
2. 現場の先生たちの「心の声」
3. 数字が語る、日本語教育の「待ったなし」の現実
4. 日本語教育は、もはや「社会の土台」
5. 民間だからこそできること、そしてその難しさ
6. 最後に:みんなで考える、未来の日本社会
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はじめに:日本語教育の現場が抱える構造的課題
こんにちは。株式会社Enuncia代表のハミルトン葉奈です。
少し前のことですが、先日こちらの記事を読み、日本語教育の現場が直面する課題について改めて考えさせられました。
東洋経済オンライン:
日本語が話せない「外国籍」の子が急増中、授業がストップ、教室から脱走も…
先生にも大きな負担「日本語支援」追いつかず学校大混乱の実情
この記事が伝えていたのは、公立学校で日本語指導を必要とする外国籍の児童生徒が約6.9万人にも上り、それに対して日本語支援員や支援体制が圧倒的に不足しているという、なんとも切実な現実です。
この状況は、もはや「一部の学校だけの特殊なケース」では済まされない、日本社会全体が向き合うべき構造的な課題になっていると強く感じています。
現場の先生たちの「心の声」
この問題の深刻さは、現場の先生方から聞く「心の声」に集約されているように思います。
京都で小学校の先生をしている友人からは、こんな話を聞きました。
「小学1年生なんて、1クラス30人もいれば日本人の子でも大変。
そこに言葉が通じない外国人の子がいると、正直、心が折れる。」
「ただでさえ教員の数は減っていて、現場の負担は増える一方。
これ以上、仕事を増やさないでほしいというのが本音。」
「でも、子どもたちが悪いわけではないから突き放すこともできず、本当に疲弊している。」
最後に友人が絞り出した言葉は、教育者としての責任感と、どうにもならない現実との間で揺れ動く、先生たちの葛藤を物語っているようでした。
京都市内は、製造業のようなブルーカラーの働き口が多い地域ではないため、外国人児童の保護者の方々は、比較的キャリアや教育水準が高い方が多いと想像できます。
それでも、現場の先生たちの負担は大きいのが現状です。
一方で、愛知県の地方都市で働く知人からは、また別の現実を聞きました。
東海地方では工場勤務の外国人労働者のコミュニティが形成されていることが多く、中には「わざわざ日本語を学ばなくても生活できる」という意識を持つ方もいらっしゃるそうです。
その結果、当然子どもたちも日本語が話せず、学校現場が対応に苦慮している状況なんだとか。
背景は違えど、子どもたちが適切な日本語サポートを受けられず、学習に支障をきたしてしまうという問題の本質は、どの地域でも共通しているように感じます。
現状では、担任の先生が教科指導と日本語支援を兼任したり、十分な専門知識がないまま対応せざるを得ないケースが少なくありません。これでは、子どもたちも先生方も疲弊してしまうのは当然でしょう。
数字が語る、日本語教育の「待ったなし」の現実
文部科学省が公表している「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和5年度)」のデータを見ると、この問題がどれほど喫緊の課題であるかがよくわかります。
| 項目 | 平成20年度 | 令和5年度 | 増加率(約) |
| 日本語指導が必要な外国籍児童生徒数 | 28,575人 | 57,718人 | 2倍 |
| 日本語指導が必要な日本国籍児童生徒数 | 4,895人 | 11,405人 | 2.3倍 |
| 合計 | 33,470人 | 69,123人 | 2.1倍 |
この表からもわかるように、日本語指導を必要とする児童生徒の数は、この15年ほどで約2倍以上に増えています。日本社会の国際化が急速に進む中で、教育現場が直面している課題の大きさを、この数字は物語っていると言えるでしょう。
さらに、日本語指導が必要な児童生徒が在籍する学校の数も急増しています。外国籍児童生徒が在籍する学校は9,932校、日本国籍児童生徒が在籍する学校は4,006校に上るそうです。多くの学校で「少数の対象者が散在」している状況は、専門的な指導体制を整えることを難しくし、結果として一人ひとりの子どもたちにきめ細やかな支援が行き届かない原因になってしまっています。
このような状況は、日本語能力の不足がそのまま学力形成に直結し、ひいては将来の進路選択にも大きな影響を与えかねない「教育格差」を生み出す懸念があります。
例えば、日本語指導が必要な中学生の高校等進学率は約90%前後で、全中学生の平均進学率約99%と比べると、やはり低い水準にあります。また、日本語指導が必要な高校生の中退率は、全高校生平均よりも高い傾向が見られるというデータもあります。
さらに、自治体の調査では、学校に籍を置いていない(不就学)外国籍の子どもたちが一定数存在することも指摘されており、これは教育を受ける機会そのものが失われているという、非常に深刻な問題を示唆しています。
これらのデータは、「生活者として日常生活を送るための日本語」だけでなく、学校での勉強を理解し、学力を伸ばしていくための「学習言語としての日本語」の習得が、子どもたちの未来にとってどれほど不可欠であるかを教えてくれています。
日本語教育は、もはや「社会の土台」
これからの日本を考える上で、日本語教育は単なる語学サービスという枠を超え、「外国人が日本社会で活躍するための基盤=社会インフラ」として捉え直す必要があるのではないでしょうか。
2019年に施行された日本語教育推進法は、国や地方公共団体の責務を明確にし、日本語教育の重要性を法的に位置づけました。しかし、その素晴らしい理念が、現場で十分に機能しているかというと、まだまだ課題が多いのが現状です。
現場の日本語支援員(母語支援員や日本語指導助手など)の処遇改善や、日本語指導に特化した正規の先生の加配は、残念ながら追いついていません。教育委員会の財政が厳しい中で、外国籍児童生徒のために十分なリソースを割くのが難しいという事情も、もちろん理解できます。もしかしたら、「余力があるなら日本人の児童生徒のために使うべきだ」という考え方もあるかもしれません。
しかし、日本社会が多様化し、外国人住民が増えていく中で、日本語教育を社会の土台としてしっかりと整備することは、日本人にとっても外国人にとっても、お互いが気持ちよく暮らせる共生社会を築く上で、なくてはならない投資だと考えます。
日本語能力が向上すれば、外国人住民の方々がより積極的に社会に参加できるようになり、それは地域経済の活性化にもつながる、長期的な視点での大きなメリットがあるはずです。
民間だからこそできること、そしてその難しさ
このような状況を考えると、学校や行政だけに解決を任せるのではなく、私たち民間の日本語講師や支援者が関われる余地は、確実に広がっていると感じています。ただ、子どもの教育である以上、保護者の方々の教育観や教育水準が大きく影響する点は、決して無視できません。
私自身の経験で言えば、子ども向けのレッスンは初期に数名だけでしたが、その子たちは香港や中国の、いわゆる富裕層で、教育熱心な保護者を持つお子さんたちでした。
正直なところ、今回の記事で描かれているような、日本語指導が必要な多くの児童生徒が直面する現実とは、まったく異なる世界線の話だと認識しています。
民間セクターがこの課題に貢献するためには、多様な背景を持つ保護者や子どもたちのニーズを深く理解し、それぞれに合わせた柔軟な支援を提供できる体制を築くことが求められます。
例えば、経済的に困難なご家庭への支援、保護者の方々への日本語学習機会の提供、学校と連携した放課後学習支援など、できることはたくさんあるでしょう。また、地域コミュニティと手を取り合い、日本語学習の機会をもっと身近なものにしていくことも大切です。
公的な支援だけではカバーしきれない部分を民間が補い、より包括的な日本語教育支援の輪を広げていくことが、今、私たちに求められているのではないでしょうか。
最後に:みんなで考える、未来の日本社会
日本語教育は、単なる語学学習の枠を超え、日本社会の未来を左右する大切な「社会の土台」としての役割を担っています。日本語指導が必要な児童生徒の増加は、日本が多文化共生社会へと歩む中で避けて通れない課題であり、この課題にどう向き合うかが、これからの日本のあり方を決める、と言っても過言ではありません。
行政、学校、地域、そして私たち民間セクターが、それぞれの役割を理解し、手を取り合って連携を強化することで、初めてこの構造的な課題を解決し、すべての子どもたちが等しく教育を受け、社会に参加できる、そんな共生社会を実現できるはずです。
この問題は、私たち一人ひとりが「自分ごと」として捉え、多様な視点から解決策を一緒に考えていく必要があるのではないでしょうか。





