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直接法信仰への提言


目次

1. 直接法信仰への提言
2. 直接法は、ただのツール

3. N2以上でも、日本語だけで十分とは限らない
4. 言葉の意味だけでは足りない
5. 媒介語は、学習者がすでに持っている資源である
6. 学習者にとって、時間は貴重なリソース
7. 大切なのは、方法ではなく理解に届くこと
8. 関連記事

直接法信仰への提言

日本語教育の世界では、「直接法」が一種の美徳のように扱われることがあります。
学習者の母語を使わず、日本語だけで日本語を教える。

そのほうが自然に身につく。
そのほうが学習者の日本語脳が育つ。
そのほうが教師としての技術が高い。

そんな空気を感じることがあります。

でも私は、正直に言うと、直接法をあまり肯定的に捉えていません。
むしろ、場面によってはかなり非効率だとさえ思っています。

直接法そのものに価値がないと言いたいわけではありません。
日本語をたくさん聞き、日本語で反応し、日本語で考える時間は、もちろん大切です。

授業中にずっと英語や学習者の母語で説明していたら、日本語を使う機会は当然減ってしまいます。

ただ、問題はそこではありません。

私が疑問に思っているのは、「日本語だけで教えること」自体が目的化してしまうことです。

直接法は、ただのツール

直接法は、もともと文法訳読法への反動として広がった教授法です。
文法を母語で説明し、訳読中心で学ぶ授業では、実際に話す力が育ちにくい。

その問題意識から、目標言語だけで教え、会話や音声を重視する直接法が生まれました。

その歴史的な意味は、よくわかります。

でも、文法訳読法への反省から生まれた方法が、いつの間にか、
「媒介語を使うのは悪いこと」
「日本語だけで教えられる先生のほうが優れている」
という別の極端に振れてしまっているのだとしたら、それは一度考え直す必要があると思います。

直接法は、道具のひとつです。
そして、媒介語もまた、道具のひとつです。

決して逃げではありません。

N2以上でも、日本語だけで十分とは限らない

私の生徒は、就労支援を目的に日本語を学んでいる人がほとんどです。
ですので、レベルとしては、基本的にN2以上の人が中心です。

つまり、まったく日本語がわからない人たちではありませんから、日本語だけで授業を受けることも当然できます。

それでも、英語で説明できることを喜んでくれる生徒は少なくありません。

「先生、英語で説明してくれるからわかりやすい」
「日本語ではなんとなくわかっていたけど、英語で確認できて安心した」
「面接の答え方のニュアンスが理解しやすい」

そう言われることが実際に多々あります。

この経験から、私は「日本語ができる学習者には、日本語だけで十分」とは思わなくなりました。
N2以上の学習者でも、すべてを日本語だけで正確に処理しているわけではありません。

特に就労支援では、単語の意味だけでなく、社会的なニュアンスが重要になります。

言葉の意味だけでは足りない

たとえば、就労支援やビジネス日本語の場面では、次のような表現がよく出てきます

「前向きに検討します」
「差し支えなければ」
「勉強させていただきます」

このとき、日本語だけで遠回りして説明するより、英語で一度概念を整理したほうが早いことがあります。

たとえば「勉強させていただきます」を説明するとき、日本語だけで例文をいくつも出すこともできます。

でも、英語で “I can offer a discount,” “I’ll adjust the price,” “We can be flexible on the price” のような近い概念と比較すれば、学習者は一気に理解しやすくなります。

もちろん、これらは完全に同じ意味ではありません。

「勉強させていただきます」は、単に「安くします」と言うよりも、相手への配慮や商談上の柔らかさを含んだ表現です。

だからこそ、まず英語で大まかな意味やニュアンスを確認し、そのうえで、日本語ではどの表現が自然かを調整していきます。

取引先との価格交渉で使うのか、お客様への提案で使うのか、社内で上司に報告する場面なのか。場面によって、選ぶ言葉は変わります。

さらに、その人の立場や状況に合わせて、「勉強させていただきます」と言うのか、「少しお値引きいたします」と言うのか、「できる限り調整いたします」と言うのかを考えていく。

このように、英語で意味を整理したうえで、日本語として自然で、その場面に合う言葉になるように調整していくほうが、私はずっと実践的だと思っています。

媒介語は、学習者がすでに持っている資源である 

媒介語を使うことは、学習者を甘やかすことではありません。
学習者がすでに持っている知識を、日本語学習に活用することです。

学習者の頭の中には、すでに英語や母語で積み上げてきた概念があります。
それを使わない理由は何でしょうか。

日本語だけで説明できたとしても、学習者が半分しか理解していなければ意味がありません。
英語や母語を少し使うことで、理解が早く、深く、正確になるなら、そのほうがいいはずです。

教師側の達成感と、学習者側の理解は別です。

「日本語だけで説明できた」ことに教師が満足しても、学習者が曖昧なまま帰っていたら、それは本当に良い授業なのでしょうか。

学習者にとって、時間は貴重なリソース

特に大人の学習者にとって、時間は貴重です。
仕事をしながら勉強している人もたくさんいます。
ビザや就職、面接、職場でのコミュニケーションなど、かなり切実な目的を持っている人もいます。

そういう人たちに対して、英語で10秒で済む確認を、日本語だけで5分かけて説明することが、本当に教育的なのか。

私は疑問に思います。

大切なのは、日本語だけで教えることではありません。
生徒が日本語を使えるようになることです。

そのために日本語だけの時間が有効なら、そうすればいい。
日本語で考え、日本語で話す練習が必要なら、もちろんその時間を確保すればいい。

でも、複雑な文法、語彙のニュアンス、面接表現、ビジネス日本語、文化的な前提、失礼に聞こえるかどうかの判断などは、媒介語を使ったほうが早い場面があります。

それを禁止する理由はないと思います。

大切なのは、方法ではなく理解できること

私は、授業で英語を使えることを、自分の強みのひとつだと思っています。
それは、英語で授業をしたいという意味ではありません。

日本語を学ぶために、必要なところで英語を使えるという意味です。

学習者がすでに持っている言語資源を尊重し、それを日本語の理解につなげる。
曖昧な理解を放置せず、必要なところで素早く確認する。
日本語で働くために必要なニュアンスを、学習者が納得できる形で説明する。

それは、日本語講師として十分に価値のある技術だと思います。

「日本語だけで教えられる先生」が偉いのではありません。
学習者にとって必要な理解を、必要な方法で届けられる先生がいい。

そして、その方法やツールは、英語でも、学習者の母語でも、視覚化されたスライドでも、例文でも、ロールプレイでも、何でもいいはずです。

大切なのは、教師が自分のやり方を守ることではなく、学習者の理解に届く方法を選べること。

これはあくまで私の意見ですが、みなさんはどう思いますか?

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