「準備中」のまま、講師人生が終わっていませんか

目次
1. 「準備中」のまま、講師人生が終わっていませんか
2. 現場に出て初めて、勉強の意味が変わる
3. 必要なのは「時間」ではなく、改善の回数
4. 専門職には、時間を投資するべき時期がある
5. 一人で準備し続けるより、早く見てもらう
6. 伸びる講師は、動きながら整えていく
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「準備中」のまま、講師人生が終わっていませんか
日本語講師には、真面目な人が多いと思います。
生徒のために、きちんと準備したい。
間違ったことを教えてはいけない。
資格を取ってから始めたい。
もっと勉強してから発信したい。
教材を完成させてからレッスンを出したい。
この責任感は、とても大切です。
日本語を教える以上、知識を磨き続ける姿勢は欠かせません。
生徒の時間を預かる以上、いい加減な気持ちでレッスンをするべきではないとも思います。
ただ、私はこれまで多くの講師や講師志望者を見てきて、感じることがあります。
それは、真面目な人ほど、「準備」という言葉の中で止まってしまうことがあるということです。
「まだ資格がないから」
「もう少し勉強してから」
「自信がついてから」
「教材が整ってから」
そう言っている間に、半年、一年と時間が過ぎていく。
けれど、その間に具体的に何かを出したかというと、ほとんど動けていない。
このケースが非常に多いように感じます。
考えることも、準備も、知識も、もちろん大事です。
でも、講師として本当に必要な力は、机の上だけでは身につきません。
説明したつもりなのに、生徒に伝わらない。
簡単だと思っていた文法で、生徒が止まる。
用意した質問では、会話が広がらない。
想定していなかった質問を受けて、答えに詰まる。
良い教材のはずなのに、その生徒の目的には合わない。
こうしたことは、実際に教えてみなければ見えてきません。
そして私は、ここでつまずいた講師ほど、伸びる可能性があると思っています。
現場に出て初めて、勉強の意味が変わる
日本語教育では、文法知識も教授法も大切です。
でも、「知っていること」と「生徒に届く形で教えられること」は、まったく別の力です。
たとえば、「は」と「が」の違いを本で理解していても、初級の生徒に伝わる日本語で説明できるとは限りません。
敬語を知っていても、面接の場面で生徒が実際に言える一文に落とし込めるとは限りません。
知識としてわかっていることと、目の前の生徒に合わせて使えることは違います。
専門職の学びについて、Donald Schönは、実践者は予測しきれない現場の中で考え、行動し、その結果を振り返りながら力量を高めていくと論じました。
これは、日本語講師にもそのまま当てはまると思います。
私たちは、現場に出ることでこそ、自分が次に学ぶべき知識がわかるのです。
だから、伸びる講師は、70点を出して走りながら直すことができる人だと思います。
逆に、100点になるための準備だけをずっとしている人は、いつまでも同じ場所にいます。
そうしている間に、実際に動いている人は、もう何度も失敗して、何度も直しています。
あなたも、現場を知らずに現場を語ろうとしていませんか?
必要なのは「時間」ではなく、改善の回数
「1万時間の法則」をご存知ですか。
これは、ある分野でスキルを磨いて一流として成功するには、1万時間もの練習・努力・学習が必要だという主張です。
英国生まれの元新聞記者、マルコム・グラッドウェル氏の著書「Outliers: The Story of Success」によって広まりました。
私は日本語講師を始めて今月で7年目に入りましたが、今まで実施したレッスンは、ようやく8000時間ほどです。
この法則で言えば、まだ「一流」には辿り着けていません。
ただ、この言葉は少し注意して受け取る必要があ流と思います。
大事なのは、ただ長く時間をかけることではありません。
必要なのは、教えて、生徒の反応を見て、自分の説明の弱さに気づき、修正して、もう一度試すことです。
この改善の回数を増やすことが、講師としての力を作っていきます。
数回レッスンをして、うまくできなかったから向いていない。
数か月発信して、生徒が来ないから才能がない。
教材を一度出して、反応が薄かったから諦める。
それは、判断が早すぎます。
足りないのは才能ではなく、教えた数、直した数かもしれません。
経験値が足りていないだけかもしれません。
それなのに、早々に「自分には向いていない」と判断してしまうのは、もったいないと思います。
専門職には、時間を投資するべき時期がある
私は、専門職として本気で伸びようとするなら、ある時期、自分の時間を成長のために意識的に使う覚悟は必要だと思っています。
私はよく、「はなさん、休んでますか?」と聞かれます。
正直に言えば、答えに困ります。
休みは、あるようで、ない。
ないようで、ある。
そんな感覚です。
私にとって、仕事と生活は切り離せないものだからです。
本を読んでいても、Youtubeを観ていても、友人と話していても、ニュースを見ても、とにかくすべてが仕事につながらないか、活かせないかと常に考えています。
私が生きていて見聞きするものの全てが、会社のためであり、日本語教育のためだということです。
それは、無理に仕事をしているからではありません。
自分が本気で向き合っている分野だから、生活の中で拾ったものが、すべて仕事の材料になっていく感覚です。
もちろん、これは経営者だからこその考え方かもしれませんし、全員が同じように働くべきだとは思いません。
家庭の事情や、健康状態、守るべき生活もあります。
でも、専門職として本気で力をつけたいなら、どこかで自分の時間と意識を投資する時期は必要です。
最初から、楽に、効率よく、無理なく。
バランスよく、傷つかずに、失敗せずに。
それで圧倒的な実力がつくなら、誰も苦労しません。
成長したい講師に必要なのは、仕事と生活の境界線をなくすことではありません。
自分が選んだ専門性に、どれだけ自分の時間と意識を投資するのかを、自分で決めることです。
一人で準備し続けるより、早く見てもらう
そして、もう一つ伝えたいことがあります。
一人で悩み続ける時間は、思っている以上にもったいないということです。
真面目な人ほど、自分で完璧にしてから人に見せようとします。
でも意外と、自分一人では見えにくいこともありますよね。
本当は、やってみた方がいい。
教えてみた方がいい。
誰かに見てもらった方がいい。
その段階なのに、「もっと準備してから」と一人で抱え続けている人は少なくありません。
人の視点を借りることは、甘えではありません。
専門職として、成長速度を上げるための選択です。
伸びる講師は、努力を惜しまない人です。
でも同時に、努力のベクトルを早く修正できる人でもあります。
一人で悩み続けることを、努力だと勘違いしない。
ここは、かなり大事だと思っています。
伸びる講師は、動きながら整えていく
伸びる講師は、最初から完璧な人ではありません。
完璧ではない状態でも、責任を持てる範囲で動き始められる人です。
教えてみる。
発信してみる。
失敗する。
指摘を受ける。
学び直す。
また教える。
この循環を続けられる人です。
慎重さは大切です。
でも、慎重さが行動しない理由になっているなら、それはもう成長の味方ではありません。
準備が整うまで待っていたら、現場でしか得られない課題には、いつまでも出会えません。
動くからこそ、何を整えるべきかが見えてくる。
そして、動いて、直して、積み重ねてきた人だけが、生徒に選ばれ続ける講師になっていくのだと思います。






